
正倉院の宝物を見ていると、
私は時々、不思議な気持ちになります。
そこにある螺鈿や葡萄唐草文様は、
どこか日本らしくて、
けれど、どこか異国の空気も感じるからです。
私は長い間、
シルクロードという言葉を、
歴史の教科書の中にあるものだと思っていました。
遠い昔の交易路。
そんな漠然としたイメージしかありませんでした。
けれど、
正倉院の宝物を一つひとつ見ていくと、
その考えは少しずつ変わっていきました。
光を宿す螺鈿。
遠い海で育った夜光貝や鮑。
葡萄唐草文様。
異国の香木やガラス器。
それらはすべて、
海や砂漠を越え、
長い時間をかけて奈良へ辿り着いたものたちでした。
シルクロードという名前から、
私は一本の道を想像していました。
けれど実際は、
人が歩き、
馬が進み、
船が海を渡る、
無数の道が繋がり合った大きな旅だったそうです。
西アジアやペルシャで生まれた文様。
中国・唐の文化。
仏教とともに伝わった様々な技術。
それらが少しずつ形を変えながら、
天平の奈良で出会い、
日本独自の工芸として花開いていきました。
そう考えると、
正倉院という場所は、
日本の終着点ではなく、
世界中の美しさが集まる交差点だったのかもしれません。
私は歴史が得意ではありません。
年号も、
人物の名前も、
今でもよく覚えられません。
けれど、
一つの宝物を見ていると、
「これは、どこから来たんだろう。」
「どんな人が運んできたんだろう。」
そんなことを考え始めます。
もしかすると、
一片の螺鈿に使われた貝殻も、
砂漠を旅した商人も、
異国の職人が描いた葡萄の蔓も、
誰かが「美しい」と思った気持ちによって、
千三百年の時間を越えて、
今、私たちの目の前にあるのかもしれません。
そして私は、
その長い旅の終わりではなく、
続きを描いているような気がしています。
古代の宝物を見つめ、
自分というフィルターを通して、
もう一度、新しい作品として生み出す。
私が今制作している
「楓蘇芳染螺鈿槽琵琶」をモチーフにした作品も、
そんな小さな旅の続きなのかもしれません。
遠い異国で生まれた美しさが、
奈良へ辿り着き、
そして今、
一枚の紙の上で、
もう一度、新しい景色になろうとしています。
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※ シルクロードは、
東アジアと西アジア、ヨーロッパを結んだ交易網の総称です。
絹だけでなく、
工芸技術や宗教、音楽、文様など、
様々な文化が行き交い、
その多くが奈良時代の日本にも伝えられました。














