
私はワインが好きです。
グラスの中で色や香りが少しずつ変化していく時間が好きで、
一本の葡萄から、
これほど豊かな表情が生まれることに、
いつも少し感動してしまいます。
だからでしょうか。
正倉院の宝物に描かれた葡萄を初めて見た時、
どこか親しみを感じました。
けれど、不思議なことがあります。
奈良時代の日本に、
葡萄の文様は少し意外な気がしませんか。
実は、この葡萄唐草文様は、
日本で生まれたものではありません。
遥か西の地、
現在の地中海沿岸やペルシャの文化圏で愛されていた葡萄の意匠が、
シルクロードを旅し、
中国・唐の時代を経て、
天平の奈良へと辿り着いたものだと考えられています。
一本の蔓が、
国を越え、
時代を越え、
人から人へと受け継がれていく。
そう考えると、
この文様は単なる飾りではなく、
文化そのものが旅をした記憶のようにも思えます。
葡萄という植物は、
古くから豊穣や生命力、
永遠に続く繁栄の象徴として大切にされてきました。
蔓は途切れることなく伸び、
葉を広げ、
実をつけ、
また次の命へと繋がっていきます。
その姿は、
どこか人の営みにも似ています。
私は、
この文様を見ていると、
昔の人たちも、
自然の中にある美しさや生命の力に心を動かされていたのだろうと感じます。
そして、
その想いは、
千年以上の時を越えた今でも、
私たちの中に静かに残っているのかもしれません。
私は作品を作る時、
元の文様をそのまま写すことはありません。
それは、
ありのままの姿が、
きっと一番美しいと思うからです。
けれど、
その蔓を少しだけ辿らせてもらい、
私というフィルターを通した時、
どんな新しい景色が生まれるのだろう。
そんなことを考えながら、
一本一本、
線を描いています。
もしかすると、
私が今手にしている一本の線も、
遠い異国で生まれた一粒の葡萄が、
長い旅を続けて、
奈良の地へ辿り着いた物語の、
その続きを描いているのかもしれません。
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※ 葡萄唐草文様は、
葡萄の実と蔓を組み合わせた装飾文様で、
シルクロードを通じて東方へ伝わり、
正倉院宝物にも数多く見ることができます。
豊穣や繁栄、
生命の連続性を象徴する文様として、
現在まで世界中で愛され続けています。














