光明皇后
正倉院の宝物を見ていると、
私は時々、
ある一人の女性のことを考えます。
もし、その人がいなかったら。
私はきっと、
今こうして、
螺鈿の光や、
葡萄唐草文様の美しさに出会うことはなかったのかもしれません。
その人の名前は、
光明皇后。
聖武天皇の皇后です。
子どもの頃、
歴史の授業では、
「聖武天皇の妻」
というくらいの印象しかありませんでした。
けれど、
正倉院を知るようになって、
私は少し違う見方をするようになりました。
聖武天皇が亡くなったあと、
光明皇后は、
天皇が生前大切にしていた品々を、
東大寺へ納めたと伝えられています。
遠い異国から届いた工芸品。
美しい螺鈿。
鮮やかな染色。
精巧な文様。
それらを、
ただの道具として終わらせるのではなく、
「未来へ残そう。」
そう考えた人がいた。
私は、
そのことにとても心を動かされます。
古いものを残すということは、
簡単なことではありません。
場所も必要です。
手間もかかります。
時には、
「もう必要ない。」
と言われることもあるかもしれません。
それでも、
誰かが大切に守り続けてくれたからこそ、
千三百年後の私たちは、
同じ宝物を見つめることができます。
私は作品を作る時、
完成した瞬間よりも、
「この作品が誰かの記憶に残ってくれるだろうか。」
そんなことを考えることがあります。
きっと、
光明皇后も、
宝物を納めたその時、
未来に生きる誰かのことを、
少しだけ想像していたのかもしれません。
もしそうだとしたら、
その未来の一人が、
奈良で切り絵を作っている私であることも、
どこか不思議な縁のように感じます。
私は、
古いものをそのまま写したいわけではありません。
その時代に生きた人たちが感じた美しさや、
大切に守ろうとした想いを受け取り、
私自身の線として、
もう一度描き直したいのです。
だから、
正倉院を訪れるたびに、
私は宝物だけではなく、
静かにそれらを未来へ託した、
一人の女性の姿にも思いを巡らせています。
⸻
※ 光明皇后(701-760)は、
奈良時代の聖武天皇の皇后です。
聖武天皇の遺愛品を東大寺へ献納したことで知られ、
現在の正倉院宝物の多くは、
この献納によって千年以上受け継がれてきました。
私は時々、
ある一人の女性のことを考えます。
もし、その人がいなかったら。
私はきっと、
今こうして、
螺鈿の光や、
葡萄唐草文様の美しさに出会うことはなかったのかもしれません。
その人の名前は、
光明皇后。
聖武天皇の皇后です。
子どもの頃、
歴史の授業では、
「聖武天皇の妻」
というくらいの印象しかありませんでした。
けれど、
正倉院を知るようになって、
私は少し違う見方をするようになりました。
聖武天皇が亡くなったあと、
光明皇后は、
天皇が生前大切にしていた品々を、
東大寺へ納めたと伝えられています。
遠い異国から届いた工芸品。
美しい螺鈿。
鮮やかな染色。
精巧な文様。
それらを、
ただの道具として終わらせるのではなく、
「未来へ残そう。」
そう考えた人がいた。
私は、
そのことにとても心を動かされます。
古いものを残すということは、
簡単なことではありません。
場所も必要です。
手間もかかります。
時には、
「もう必要ない。」
と言われることもあるかもしれません。
それでも、
誰かが大切に守り続けてくれたからこそ、
千三百年後の私たちは、
同じ宝物を見つめることができます。
私は作品を作る時、
完成した瞬間よりも、
「この作品が誰かの記憶に残ってくれるだろうか。」
そんなことを考えることがあります。
きっと、
光明皇后も、
宝物を納めたその時、
未来に生きる誰かのことを、
少しだけ想像していたのかもしれません。
もしそうだとしたら、
その未来の一人が、
奈良で切り絵を作っている私であることも、
どこか不思議な縁のように感じます。
私は、
古いものをそのまま写したいわけではありません。
その時代に生きた人たちが感じた美しさや、
大切に守ろうとした想いを受け取り、
私自身の線として、
もう一度描き直したいのです。
だから、
正倉院を訪れるたびに、
私は宝物だけではなく、
静かにそれらを未来へ託した、
一人の女性の姿にも思いを巡らせています。
⸻
※ 光明皇后(701-760)は、
奈良時代の聖武天皇の皇后です。
聖武天皇の遺愛品を東大寺へ献納したことで知られ、
現在の正倉院宝物の多くは、
この献納によって千年以上受け継がれてきました。



